世界平和への旅 〜ダルフール編〜

アクセスカウンタ

help RSS 言語ゲーム

<<   作成日時 : 2012/03/03 03:13   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

単なる哲学入門書だと思って読み始めたら、現代社会の難問を解くヒントがてんこ盛りだった。しかも、難しいヴィトゲンシュタインの哲学を、誰でも分かるように簡単に説明しているおススメ本。『はじめての言語ゲーム』(橋爪大三郎、講談社現代新書、2009年)。

ヴィトゲンシュタインはウィーン出身の哲学者(1889年〜1951年)。ユダヤ人家族の末っ子。ヒトラーと同じ工業高校に通っていた。20歳を過ぎてから哲学に目覚める。25歳の時に第一次大戦が勃発し、オーストリア軍に志願して従軍。29歳の時に代表作『論理哲学論考』を完成。30代は小学校教員として過ごし、40歳でケンブリッジ大学へ。ヒトラーのユダヤ人迫害の影響を恐れ、49歳でイギリス国籍取得。62歳で没後、1953年に遺作『哲学探究』が出版される。

『論理哲学論考』は第一次大戦という試練のさなか、壊れそうな世界に価値と意味を見出そうと必死の思いで書かれた。橋爪氏は、『論考』のエッセンスを以下のようにまとめた。
1. 世界は、分析可能である(分解すると要素にいきつく)。
2. 言語も、分析可能である。
3. 世界と言語とは、互いに写像関係にある(一対一対応している)。
4. 以上、1〜3のほかは、言表不能=思考不能である(語りえぬことについては、沈黙しなければならない)。

ヴィトゲンシュタインは第一次大戦従軍中に、トルストイの『要約福音書』を肌身離さず持っていたそうだ。ただし、神や世界の価値や意味(自分が生きる意味)に関しては、「語りえぬこと」として、『論考』の段階では取り扱っている。世界と言語が一対一対応する「独我論」に留まっている。これがいわゆる、「前期」ヴィトゲンシュタインの思想だ。

小学校の教師をやりながら、ヴィトゲンシュタインは『論考』の誤りに気づいていき、40歳でケンブリッジに戻った。ここからが「後期」ヴィトゲンシュタインの思想で、「言語ゲーム」という言葉を使い始める。

言語ゲームとは、規則(ルール)に従った人々のふるまい、のことだ。「机」という言葉を説明したり、定義づけるのは難しいが、いくつか違った形の机を見ていると、ある時「なるほど、これが机というものか!」と分かることを、言語ゲームと呼んでいる。机以外にも、食事をする、服を着る、子供を育てる…人間のふるまいは、すべて規則(ルール)に従っていることを発見した。私たちが言葉を用いることを可能にし、この世界を成り立たせているそのものが、言語ゲームだ。

「後期」ヴィトゲンシュタインは、前期の「写像理論(世界と言語が一対一対応している)ではなく、「言語ゲーム」によって、言葉が意味を持つことを根拠づけた。

ヴィトゲンシュタインは、この世界には、意味や価値が備わっている。だから、生きるに値する、ということを言語ゲームで証明したかった。だから懐疑論とは全力で戦った。懐疑論は、世界は無意味で無価値であるし、規則もないとする思想だ。ヴィトゲンシュタインは、「なにを懐疑するにせよ、懐疑するという言語ゲームを行っていることは決して疑えない」という根本的な原理を提示した。

ここから橋爪氏は宗教の話に跳ぶ。ユダヤ主義とイスラム教は、経典(法)に基づく「厳密ルール主義」だ。法の変更は許されない。一方、キリスト今日は、イエス・キリストを通じて、神と新しい契約が結ばれたので、ユダヤ法は無効になり、人間が世俗の法律を作れることになり、近代民主主義の考えが生まれる基礎になった。

仏教にとって神は重要でなく、宇宙の「真理(法則、ダルマ)」を覚ることを重視する。覚りを開いたブッダは亡くなってしまったので、みんな覚りがどんな状態かも分からずに、なぜか価値のあるすばらしいものだと信じて、覚りを目指す。言語ゲームを実行している人にとっては、その言語ゲームの前提である覚りが実在してくるのだ。覚りが実在するから、覚りを求めるのではなく、覚りを求めるから、覚りが実在するのだ。

日本では江戸時代に、徳川幕府が自身の正統性を浸透させるために武士に儒学を学ばせた。ところが、伊藤仁斎と萩尾徂徠が、まず朱子学を批判した。朱子学が日本の現状と合わないのは、孔子孟子の原典を中国の実情に合わせて、原典をねじ曲げて解釈しているからだと批判し、儒学の原典の精神に回帰すべきだと主張した。そして、山崎闇斎は、江戸幕府の正統性は、天皇が与えていることを見抜き、論理的に江戸幕府を否定する思想が生まれ、大政奉還のロジックが用意された。

本居宣長は、天皇は儒学が日本に伝わる前からの統治者であり、天皇の存在は儒学や朱子学と関係ないことを証明し、ここに国学が誕生した。宣長は古事記を研究し、『古事記伝』を完成させた。源氏物語を読んだ時の感動を「もののあはれ」と呼び、これを国学の中心に据えた。漢字が到来する前の日本人の社会規範(言語ルール)「やまとごころ」の存在を証明した。そして、天皇がその原初的共同体を統治していた。歴史的事実は重要ではなく、宣長が、天皇の存在を言語ルールで証明したことが重要なのだ。宣長の夢想する文学の共同体は、人々のこころを捉え、強い政治的効果を持ち、近代ナショナリズムへと膨らんでいった。

このように天皇を中心とする日本のナショナリズムは、西欧(宗教改革から市民革命へ)とは違ったルートだった。なぜなら、日本人は西欧とは異なった歴史=言語ゲームの蓄積をもっているからだ。この世界を理解するには、人びとがどのような言語ゲームの積み重ねを経てきたのかを知らないといけない。それが、他者を理解し、自己を理解し、世界を理解する、たったひとつの正当なやり方だからだ。

最後に、ヴィトゲンシュタインに話は戻る。『論考』で「語りえぬこと」としたのは、人びとがこの世界を生きていく意味や価値だった。それを言葉にしたとたんに、人びとは分裂し対立しはじめるとヴィトゲンシュタインは直感したからこそ、『論考』では「語りえぬこと」を封印した。

一方、言語ゲームでは、「語りうること」と「語りえぬこと」を区別しなくなった。言葉が意味をもつのも、人びとが意味や価値を信じるのも、言語ゲームに支えられているからだ。言語ゲーム一元論だ。

冷戦が終わり、自由主義vs共産主義という大きな物語が終わった。自由主義一人勝ちの現代では、ポストモダン思想がはやっているが、金儲け主義、格差、環境負荷社会など、自由主義の問題点の批判に留まっている。コミットしない、責任をとれない、価値相対主義に留まっているのが、ポストモダン思想の特徴だ。批判というスタイルだけが残った。

言語ゲームも、相対主義の側面を持っているが、「人間は人間であるために、必ずどれかの言語ゲームに属していて、すべての言語ゲームの外に出ることは不可能だ」という絶対主義の主張とペアになっている。

現代世界が、西欧キリスト教文明を土台に近代化していったのは「歴史の偶然」だ。西欧近代の中に立ってみれば近代は普遍的だが、外からみれば、近代は単なる制度である。西欧、イスラム、インド、中国…といったそれぞれの伝統社会は、過去から続いてきた、さまざまな特殊な言語ゲームのかたまりだ。

共存するためには、異なった伝統、異なった文明に属する人びとがどうやって生きているのか、その言語ゲームを記述することだ。人びとのふるまいには、ルールがある。ルールを記述し、ルールとルールの関係を記述し、互いに比較し、新しい言語ゲームを提案することだ。

意味や価値は目に見えないけど、人間が生きるために必要なものだ。その意味や価値が生まれる土台である言語ゲームというルールを、ヴィトゲンシュタインは発見したのだった。

以上が、『はじめての言語ゲーム』の要約です。

自由主義賛歌に止まらず、価値相対主義にも陥らない思考方法、言語ゲーム。21世紀のアポリアを打開するには、絶好のツールではないだろうか。

きいち

テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
言語ゲーム 世界平和への旅 〜ダルフール編〜/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]