世界平和への旅 〜そして、わが祖国編〜

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zoom RSS 『コーカン紛争2009』 1.予兆

<<   作成日時 : 2015/02/20 06:12   >>

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「終わり、終わりー!」

きいちが第二ホールの3打目を池ポチャしたとたん、クラブハウスのオーナーが息せき切って、駆け足で叫びながら、両手を交差させてこっちに向かってやってきた。

2009年8月8日、ミャンマー北東部シャン州に位置するコーカン特別区、きいちは週末恒例のゴルフを政府やNGO職員たちと一緒に楽しんでいた。

コーカン特別区のミャンマー軍司令官から、ゴルフ場を閉めるよう指令がきたらしい。

何やらいやな予感がした。

7月頃から急速に、ミャンマー軍と反政府コーカン軍の間で緊張が高まっていたが、どうやらついによからぬことが始まったのではないか、というのが直感だった。

わけがわからないまま、とりあえずホテルに戻って身支度を整えた後、すぐにオフィスに向かった。もうホテルに戻れないことも考えて、着替えと歯ブラシ、それにインスタントコーヒーを、バックパックに詰め込んだ。

スタッフ全員をすぐに集めて、予てから用意してあった、安全対策と避難の優先順位を発表した。オフィスには車が二台しかないので、優先順位は生死に関わる。みんな真剣な表情で僕の話を聞いていた。文句が出ないように、「このプランに従えない者はセーブ・ザ・ワールドを辞めてもいい」とちょっと脅しもかけた。

優先順位の第一はスタッフの家族、次に結婚して家族がいる人、独身組と所長のきいちは一番最後だ。スタッフの家族を含めて40人近くの大所帯を避難させるには、一台に10人詰め込んだとしても、二往復しなければならない。コーカン地区の外に出るまでに約2時間かかるので、コトが起こる最低6時間前には移動を始めないといけない計算になる。

情報収集に努めるが、中々精度の高い情報が集まらない。うわさばっかりだ。曰く、「北部でにらみ合いが続いている」、「南部で今朝戦闘が始まった」「今夜ミャンマー軍がコーカンに攻め入るらしい」などなど。

こうした時に頼りになるのは、やはりミャンマー軍と政府、それにコーカン特別区政府だ。最終的には、「スタンドバイの警告を発しただけで、今日戦闘を始める予定はない」という軍部の情報を信頼して、一旦集まったスタッフに解散を命じた。

避難用のガソリンと発電機用ディーゼル、水と非常食を買い出しに行ったスタッフからも報告があった。曰く、「銀行の前に100人以上が集まって取り付け騒ぎが起きている」「ガソリンスタンドも車で長蛇の列だ」「商店は半分ぐらいしか開いてないし、カジノももぬけの空だ」などなど。

自分で車に乗って状況を確かめに行ったが、部下の報告には多少の誇張も入っていて、店は4分の3ぐらい開いていたし、カジノも客はいつもより少ないけど、営業を続けていた。ただ、荷造りをして中国側に避難するコーカン人、ミャンマー側に避難するビルマ人で、いつもより街はごった返していたのは確かだ。

きいちはゴルフ場を出てからずっと、いつ撤退するかのタイミングの見極めで悩んでいた。スタッフの安全確保は最優先事項だが、「セーブ・ザ・ワールドがコーカンから撤退」というのは、政治的にも、NGO全体の撤退にも、多大な影響力がある。

きいちは、コーカン特別区のセーブ・ザ・ワールド(STW)事務所長であると同時に、NGO全体のコーカン特別区安全責任者でもある。いきつけのレストランの親父さんからも、「STWが撤退したら、うちらもコーカンから逃げる」と言われていた。みんなから一挙手一投足を見られている。軽はずみな判断はできない。

その日はとりあえず、ヤンゴンの大ボスには状況報告だけにした。まだ撤退する時期ではないと思うが、明日以降も予断を許さないので、その時は撤退を速やかに了承してくれるよう、お願いをしておいた。

夕方までオフィスにいたが、その後も悪いうわさばかり入ってくる。曰く、「コーカン政府主席は、安全確保のために中国側に逃げたらしい」「あるNGOも訓練と称して数名のスタッフを残して、ミャンマー側に撤退した」「今晩いよいよ戦闘が始まるらしい」などなど。

スタッフには、「うちが撤退するのは、確実な情報がミャンマー軍部か政府、もしくはコーカン特別区政府と確認できてからだ。今日は撤退しない」と言い残して、ホテルに戻った。

今後どうなるかは予断を許さない。もしかしたら、自分の判断は間違っているんじゃないか。STWのスタッフとその家族、NGO全体への影響を考えると、「責任」の二文字がずしりと肩に重くのしかかってきた。外を通る車の音がやけに耳障りで、その晩はよく眠れなかった。

その後一週間ぐらい、仕事の8割以上を安全情報の確認に費やした。ヤンゴンからも毎日のように電話がかかってくる。「新聞報道は本当か」「他団体の情報と食い違いがあるが、真相はどうなんだ」「軍は何ていっているんだ」などなど。

僕は自分なりに情報を三つに分けて回答した。@政府関係者(ミャンマー軍と政府、もしくはコーカン特別区政府)と確認が取れた情報。A確認は取れていないが、情勢から見てほとんど間違いないだろうと思われる情報。B単なるうわさ。

この戦争騒ぎを通して、信憑性とは関係なく、人は悪いうわさBの情報を信じやすい傾向にあることを学んだ。「JICAの日本人職員が全員撤退するのをオレはこの目で見た」、「幹線道路の橋が封鎖された」、果ては「ミャンマー政府が秘密裏に開発している核兵器をコーカンに落とすらしい」なんてうわさまで出回っていた。その都度、信頼がおける情報筋に確認するが、ガセネタがほとんどだった。

うちのスタッフは特に浮足立っていて、ロクに仕事も手に着かず、朝から晩まで噂話で持ちきりだった。最初はスタッフの8割ぐらいが、今すぐにでもコーカンから移動したいと言っていたが、4・5日経つと、みんなようやく落ち着いて仕事に取り組むようになった。

8月8日以降、10日、11日に小さな小競り合いの事件が起きて、12日にコーカン特別区最大の街、老街(ラオカイ)はゴーストタウンと化し、80%以上の店が閉まった。カジノももぬけの空だった。

中国人とコーカン人は中国側へ逃げ込み、ビルマ人はシャン州のラシューへ。ついには自分が住んでいるホテルの従業員も大半が中国へ帰省してしまった。部屋の掃除がされなくなったので、ホテルのマネージャーに文句の電話を入れたら、「彼」も中国側にいた。

しまいには、コーカン政府の幹部からも、「きいちさん、最近身体の具合はどうですか?」と探りを入れるような電話がかかってきたりした。きいちの動きから、ミャンマー軍の動向や噂の信憑性を確かめたいのだろう。益々、軽はずみな行動は取れなくなってきた。

ヤンゴンのボスには、「こんな時だからこそ、スタッフの安全確保ができる限り、STWは居残るべきだ」と伝えたら、「とにかく、きいちの情報と判断に任せる」と言ってくれた。いいボスだ。

12日にミャンマー政府とコーカン特別区政府が、パブリックミーティングを開き、「戦争は絶対起こらないから、皆さん安心してラオカイに帰ってきて下さい」と事態の鎮静化を呼びかけた。テレビでも繰り返し、「ラオカイは平和で、みんな帰り始めている」という情報を流し続けたことが功を奏して、14日には人が戻り始めて、半分ぐらいの商店が再開した。

そんな緊迫した状況の中、8月17日に「第二回コーカンフォーラム」を無事終わらせることができた。「コーカンフォーラム」とは、きいちが着任後にイニティアティブを取って始めたもので、ミャンマー政府、コーカン特別区政府、国連、JICA、NGO、コミュニティリーダーなど、開発に関する全ての利害関係者を集めて、コーカン特別区の持続可能な発展を語り合うという会合だ。将来的には、中国側の地方政府や貿易商も招待して、国境貿易を活性化させようという構想を持っていた。

ミャンマー側からは、ラオカイ軍司令官が議長として会議に参加してくれ、コーカン側からも複数の政府高官が出席してくれて、会議は成功裏に終わった。翌日、ローカルテレビで何度も放送され、コーカン特別区のWEBにも大々的に取り上げられた。

第一回の時は全く取り上げられなかったが、第二回コーカンフォーラムは、時期が時期だっただけに、ミャンマー政府とコーカン特別区政府の友好の印として、宣伝したかったようだ。

STWスタッフからは、「コーカンフォーラムなんて止めて、早く撤退しよう」という下剋上的意見が大勢を占める中、必死にスタッフを説得して、フォーラムに漕ぎつけた甲斐があった。

スタッフ18人中、一人だけ家族を避難させるために休暇を取ったが、もう一人の休暇を申請してきた通訳役のスタッフには、「絶対何も起こらないから、休むのはフォーラムの後にしてくれ」と無理やり説得した。今回ほど、自分の信用度を試された機会はない。所長のきいちを信頼して、淡々と会合の準備をしてくれたスタッフ全員に、心の底から感謝した。

フォーラムが終わった翌日、中国側から戻ってきたホテルマネージャーの「彼」から、呼び出しがかかり、夕食会を行うことになった。行ってみると、コーカン特別区政府の幹部たちがそろって、きいちが来るのを待ち構えていた。

何やらいやな予感がした…

(つづく)

きいち

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