世界平和への旅 〜そして、わが祖国編〜

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zoom RSS 『コーカン紛争2009』 12.果敢復帰作戦!

<<   作成日時 : 2015/03/08 06:36   >>

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9月中旬、きいちはラシューでスタッフと再会を果たした。

一人一人と硬い握手と抱擁を交わして、再会を喜んだ。スタッフは、「たった、3週間なのに、もう半年以上あっていない気がする」「オフィスに老大(ラオダー)がいてくれれば、どんなに精神的に落ち着いたか分からない」と口にした。思わず胸が熱くなった。

一番変化が大きく見えたのが、この大変な時期に所長代理を務めた老板(ラオバン)だ。3週間で3年ぐらいは成長したと思えるほど、逞しい顔つきになっていた。スタッフやNGO職員、家族との共同生活、ミャンマー政府やSTWヤンゴンとのやり取りなど、心労が絶えない毎日を送ったことだろう。

他のスタッフの顔つきも、どことなく逞しさが感じられた。みんなそれぞれ修羅場を潜り抜け、自分なりにいざという時の心構えを体得したスタッフたちが、ちょっと羨ましくも思えた。冗談を言いながら笑っていても、ちょっと悲しさが残っている、傷を舐め合うような笑いに見えた。心の傷は深い。

1ヶ月ぶりにスタッフミーティングを行った。マンダレーからの車中、何を言おうかずっと考えていたのだが、スタッフたちを前に中々最初の一言が出ない。その内、不覚にも涙ぐんでしまい、「みんなを危険な目に合わせて本当にごめん!情勢判断を誤った俺のミスだった」と深々と頭を下げた。

女性スタッフたちがもらい泣きを始め、男性スタッフも奥歯をグッと噛みしめていた。しばらく沈黙が続いた。ただ、きいちが泣いたことで、なんとなく離れていたスタッフとの心がグッと縮まった気がした。人前で泣いたのは、何年振りのことだろうか。自分でも驚いた。

ヤンゴンからは、心理ケアのために、スタッフ・カウンセラーが来ていた。話を聞くと、ラオカイにまだ戻りたくないスタッフは数名で、8割以上のスタッフはすでに立ち直り、今すぐにでも職務復帰をしたいということだった。

確かに、ラシューで仕事もなくゴロゴロしているよりも、早くラオカイに戻って忙しくしていた方が、精神衛生上にもいいだろう。きいちの心は決まった。早速、みんなで「果敢復帰作戦」を練ることにした。

まずは、トラウマを抱えたスタッフをどう説得するかが焦点となった。コーカンでは、未だに山岳地帯でポン派残党の掃討作戦を行っているため、外国人立ち入り禁止区域に指定されたままだ。政府はきいちの旅行許可証を出してくれないため、「よし、みんな俺に付いて来い!」と率先垂範のリーダーシップを発揮することもできない。

まず、噛み付いてきたのは、老板だ。「10月1日の国慶節以降、ミャンマー軍がワ軍に攻撃するかもというこの状況の中で、今戻る意味が分からない」「あと2・3週間様子を見て、何も起こらないことが分かってから戻っても遅くない」「パートナーが戻っていないのに、STWだけ戻っても大した活動はできない」と、持論を展開した。

至極真っ当な意見だったが、ヤンゴンからは「早くラオカイに戻れ!」という指令が来ているので、きいちも説得工作にかからねばならない。「STWは人道支援を掲げている以上、戦闘でさらに困窮している果敢人を支援するために、事業を一刻も早く再開する必要がある」

「自分が戻りたいかどうか、実際に誰が戻るかじゃない。組織として戻るべきか否かだ」

「パートナーはSTWの動きを見ているから、僕らが戻ればみんな戻って来るはずだ。」

2時間ぐらい議論したが、自分の論拠もイマイチ説得力にかけた。結局、「先発隊が様子を見に行って、月末に一旦ラシューに戻って来る」という折衷案に落ち着いた。

話していると、スタッフ間にも温度差があるのが分かった。老板本人はどうやら行きたくないらしいのだが、みんなの兄貴という立場上、彼だけ行きたくないとはいえず、「みんなで戻るのを止めよう」という方向性に議論を持って行こうとするので、話がややこしくなった。

ヤンゴンの大ボスが捉まらなかったので、小ボスに電話した。「明日ようやく戻るのか。良かった、良かった」といい返事だったので、スタッフに「明日、出発だ!」と発破をかけて、念のため大ボスにも今後の予定をメールで知らせておいた。

翌日、みんなで意を決して、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダル星へ旅立つ前の古代進のようないい顔つきをして、荷物を持ってオフィスに集まってきた。

念のためメールを確認すると、いやな予感が的中した。大ボスからのメールで「スタッフ・カウンセラーからの報告もまだ見てないし、明日NGO合同全体の会議がヤンゴンであるから、今日出発するのは承認しない」とのこと。

ハー、これだから組織のお仕事は嫌になる。こっちは渋るスタッフを説得して、ようやくみんな戻る気になってくれたって言うのに。報告書や会議のために、出発延長か…こうして、「果敢復帰作戦・第一弾」は、あえなく失敗に終わった。

翌日、会議が終わった頃を見計らって、大ボスにもう一度電話したら、「俺は別件で会議に出れなかったら、その件は小ボスと話して決めろ」とのこと。「おいおい、待ってくれよ。お前がストップかけたんだから、最後のゴーサインまで責任持ってくれよ」と喉元まで出かかったが、グッとこらえた。

小ボスは、「明日出発でいいわよ。でも一度戻ったら、もう戻ってきたらダメ」だと言う。「10月1日以降に、ミャンマー軍がワ軍を叩くというのは噂レベルなんでしょう?その噂が本当だったら、撤退すべきはワ州にいるSTWスタッフの方が先だわ。噂があと2ヶ月続いたら、あなたたちはずっと何もせずに、ラシューに居残り続けるつもりなの?」

「とにかく、行って戻るというのは論理的じゃないわ。今日ワ州スタッフに撤退命令を出すか、明日あなたたちがラオカイに戻って、そのまま居残るか、選択肢は二つに一つよ」と手厳しかった。全くスタッフ・カウンセラーの報告書が聞いて呆れる。

急遽スタッフを集めて、緊急会議を開く。結局、ミャンマー軍とワ軍の動向に関しては、噂レベル以上の確度の高い情報は得られなかったので、誰がコーカンに戻るのかという話になった。

一つややこしかったのが、10月初旬にヤンゴンで開かれる年に一度の戦略会議に、老板を含めたシニアスタッフが全員行く予定になっていたことだ。シャン州の山中から大都会に出られるこの機会を、みんな楽しみに待ち望んでいたのだ。ただ、誰かが所長代行を務めなければならなかった。

きいちも強制はしたくなかったので、しばらく沈黙が続いた。その沈黙を突き破るように、「俺が戻るよ」と言って、手を上げてくれたのが、オフィスでNo.3のカチン人スタッフだった。彼は普段からオフィスの様々なグレーゾーンの仕事を率先して引き受けてくれて、きいちが老板の次に頼りにしているスタッフだ。今回も彼がオフィスの危機を救ってくれることになった。

彼が手を上げると、「俺も、俺も」ということで、ヤンゴンに行くスタッフ以外は、みんなでコーカンに戻ると言いだした。

話し合いの結果を小ボスに報告すると、「でもNo.3はヤンゴンの会議に来なくてもいいの?他にも戻りたくないスタッフがいるんじゃない?強制が一番いけないわよ」と、自己弁護のようなことを口走り始めた。

もうホトホト疲れていたので、「いや、みんな自ら志願して戻るんです。強制はしていません。会議には出れませんけど、No.3の名前だけは、今後よく覚えておいて下さい」と言って、きいちの方から電話を切った。

すったもんだの挙句、「果敢復帰作戦・第二弾」は、9月26日に敢行され、STW戦士たちがラオカイ星へと飛び立っていった。「老大(ラオダー)、俺たちの無事を祈っていてくれ!」と言われたので、きいちは敬礼をしながら勇敢なスタッフたちを見送った。

この頃「人道支援とは何か」ということをよく考えていた。人間にとって自分の命が一番大切で、その次が家族の命だろう。家族でもない、自分の故郷でもない、見知らぬ人たちを助けるために、自分の命を危険に晒す必要が本当にあるのだろうか。

きいちは何度もスタッフに、「職を失うことを恐れているのなら、正直に言ってくれ。他のオフィスに移動させるなり、できる限りの手配をするから」と尋ねたのだが、「大丈夫。僕らはコーカンに早く戻って仕事がしたいんだ」という答えしか返って来なかった。

人道支援という使命感か、仲間意識か。

給料のためだけにSTWで働いているんじゃないのか、とたまに斜に構えてスタッフを見ることもあっただけに、今回の出来事を通して、うちのスタッフがすこしだけ眩しく見えた。

(つづく)

きいち

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